H20 1993年~episode1
2021-02-20昔、H2oと言うブランドが一瞬存在しました。
日本国内のアパレルブランド名として当時のPERSON’Sの社長岩崎氏が商標を抑えていた。
商標コレクター?だった氏はこの商標を所有していた物のビジネスには活用していませんでした。というよりブランド名から連想される事、物がダイレクトすぎる事、またかなり大きく解釈できてしまう名前なので活用しきれなかったというのが事実。
当時PERSON’Sブランドのライセンスプランナーをやっていた自分がサブブランド的にこのH2oもコントロールしていた。
この時のH2oは当時の30代を中心としたいわゆるOLさんをターゲットとし、PERSON’Sのティーン中心よりすこし上の女性向けグッズ中心の展開でした。
平たく言うと、PERSON’Sのライセンス契約のリクエストがある中ですでに展開済みのアイテムだったり、コンセプトが違う時に契約条件を低く設定していたこのブランドを紹介するという感じです。
またこの頃はライセンスのジェネラルマネージャーだった方が突然諸事情により退社、香港へ移住。という事で、PERSON’Sのライセンス全体のコントロール、そしてこのH2oも自分が仕切っていた。
PERSON’Sのライセンスはこの当時で数十アイテムをほぼそのアイテム数と同じくらいの企業で展開していたため、デザインのコントロールやブランドディレクションを行うのにアップル(MAC)導入を行いほぼすべてのデジタル化(今でいうDX)していた時期でもある。
これら「ライセンスビジネスのデジタル化」は自分がPERSON’Sで行った事であり、当時(MAC第2世代あたり)アパレルブランド(企業)ではほぼ取り組みは無く、取引先でも2~3社がようやくそれらに着手し始める時期。
なので、アパレル系の雑誌以外にデザイン系の雑誌やずばりMAC系の雑誌からの取材がよくあった。